徳は孤ならず、必ず鄰あり ーみかとゆかいな仲間たち!?ー

些末なお話しで恐縮ですが、わたくしトイレに数冊の本を置いております。

たとえば、「ターシャ・テューダーの言葉 生きていることを楽しんで」(ターシャ・テューダー 2008年 メディアファクトリー)。

著者は、アメリカの絵本・挿絵画家・ガーデナー・人形作家。

50歳代半ばで自給自足の一人暮らしを始め、彼女の住む広大な庭で季節の花々を育て続けるライフ・スタイルは注目を集め、2008年に92歳で永眠。

本の帯には、次のような言葉が。

「おとなになり、結婚をし、子どもが生まれてもまだ、未来は大きな神秘に満ちていました。やがて人生も半ばを過ぎる頃、ふと振り返ってみると、わたしはいつの間にか、その大きな神秘を歩んできました。日々の喜び、わくわくするような小さな成果の積み重ね、家族や友人との心温まる交流―それこそが、人生という航海で出会う冒険の数々だったことに気づいたのです。」

 

もう一冊は、「ほっとする論語」(杉谷みどり 2007年 二玄社)。

私は、人づきあいは苦手(こう見えて)なくせに、ひとに興味があり、誰かが言った言葉というものにとても興味があります。

論語は、2000年以上前中国古代春秋時代の人である孔子とその弟子たちの言行録。

そんな大昔のひとが、何を言ったのか、もう興味津々。

有名なものでは「温故知新」や「過ぎたるは猶(なお)及ばざるがごとし」などがあります。

その中で、これは!っと思ったのが「徳は孤ならず、必ず鄰あり」。

意味は、「徳を得た人間には必ずや理解者が現れる」というものです。

論語読みの論語知らず(書物に書いてあることを知識として理解するだけで、それを生かして実行できない人)で、とても徳を得ているとは言えないわたくし(酒を飲んでは、または飲まなくても、ひとの悪口を言っている)ではありますが、なにせ名前に徳の字ついてます!で、徳村的には、「徳村はひとりではない。必ず仲間がいる」という解釈になります。

 

最近、「徳は孤ならず,必ず鄰あり」を実感する出来事がありました。

今年度の熊本県市町村等自殺対策推進事業補助金事業として、当NPOは社会福祉法人菊愛会と連携し、生活困窮者支援における家計管理支援のOJT事業を行いました。

ちなみに、菊愛会の原川さんとはちょくちょく飲み会でお話ししておりました。

九州看護福祉大学の隈直子氏の発案により、OJT時の面談の対話を尚絅大の川﨑孝明氏が逐語録にまとめ、このたび「相談現場の「会話」から学ぶ家計管理支援のテクニック~実効性ある家計管理支援の実践のために~」というテキストを作成しました(詳しくは5P参照)。

本のタイトルは、尚絅大学の川口惠子大先生につけて頂き、コンセプトは岡山大学の前田芳男氏にご教示頂きました。

さらに、社会福祉士の視点から川﨑孝明氏、臨床心理士の視点から児玉眞也氏に解説をして頂いております。

そして、仕上げの校正を行ったのは、我がNPOの社長であり我が相棒、平野裕子であります。

 

このテキスト、作成までに約1週間!驚くべき速さであります!!

まさに「徳は弧ならず、必ず鄰あり」!!!

私の人生という航海で出会う冒険の数々は、このようなたくさんのゆかいな仲間たちのおかげで、まだまだ続きそうです。

 

2016年 4月 会報 第31号より