おフランス調査騒動記

ひょんなことから、3月におフランスに行ってきました。

事の始まりは、1月末に開催された文部科学省主催の平成25年度消費者教育フェスタin千葉に参加し、横浜国大の西村隆男先生にお目にかかったことです。

その際、長洲町や玉東町、玉名市での生活困窮相談状況をざっと紹介し、「消費生活相談員では対応できない。西村先生の論文にあったフランスの“家庭経済ソーシャルワーカー”のような人材が日本にも必要だ」と訴えたところ、西村先生は「自分に声がかかっているフランスの調査があるが都合がつかない。調査に行く佛教大の先生に紹介するから行ってみたらどうですか。きっとこれから役に立つから」とおっしゃいました。

あまり深くものを考えないわたくしは、すぐに「行きます!行きます!」と返事。

なんだかんだで、3月上旬におフランス行きとあいなりました。

 

しかし、佛教大の先生と連絡を取ってみると、なんと、調査に行くのは、その先生と徳村のふたりのみ。

おまけに、現地で日本人の通訳さんと合流するというものの、なんと、現地集合かつ現地解散。

海外ツアーのイメージだったわたくしは、とんでもなくあわてました。

だって、わたくし、フランス語はもちろん英語もダメ、熊本弁しか話せません。

「行きたくな~~~~~い」という気持ちでいっぱいになりました。

現地集合・現地解散が一番の理由でしたが、もともとフランスがあんまり好きじゃないということもありました。そのわけは・・・

 

ずっと以前、わたくしは、ワーキング・ホリデー(二つの国・地域間の取り決め等に基づき、各々の国・地域が、相手国・地域の青少年に対して自国・地域の文化や一般的な生活様式を理解する機会を提供するため、自国・地域において一定期間の休暇を過ごす活動とその間の滞在費を補うための就労を相互に認める制度。我が国のワーキング・ホリデー制度は、1980年にオーストラリアとの間で開始されたことに始まり、1985年にニュージーランド、1986年にカナダとの間で開始された。外務省ホームページより)で、カナダにほんの数か月でしたが滞在しました。

カナディアンロッキーの小さな町ジャスパーの日本料理店でウエイトレスのバイトをすることになったのですが、バイト仲間で唯一気が合わないのが、フランス人の女性でした。

ある日、フランス人の女性はわたくしに対し、「あなたが仕事を入れるから、私の仕事が減る。やめてちょうだい!」と言いました。

熊本弁しか話せないわたくしですが、しばらくするとヒヤリングだけはなんとなく出来るようになっていました(あくまでも当時の話です)ので、言ってることはわかりました。

しかし、「シフト決めるのはオーナーたい。わたくしに文句言いなすな!」と言い返せない・・・

今でも、彼女のフランス語なまりの英語とガラス細工のような目を思い出します。

その後、フランス語圏のモントリオールでも、あまりよい思いをせず・・・

以来、わたくしのフランスおよびフランス人のイメージは、自己主張の強い、超個人主義というものであり、フランスを気嫌いしていた感があります。

しか~~~~~し、今回、おフランスに行ってみて、540°(一周360°+半周180°)イメージが変わりました。

おフランスは、困っているひとを見過ごせないおせっかいな国でした。報告頁につづく。

 

2014年 7月 会報 第28号より