〇1市3町共同の消費生活安心条例の制定
2020年6月、玉名市・玉東町・和水町・南関町の1市3町が相互に連携を図りながら協力して消費者施策を実施する「消費生活安心条例」が制定されました。この条例では、1市3町が消費者行政を実施する場合の基本的枠組みを定めるとともに、行政の責務を明らかにしています。
また、「訪問販売お断りステッカー」等があらかじめ貼られている消費者宅を事業者が勧誘してはならないという、事前拒否者への訪問販売を禁止する制度(いわゆる「DoーNotーKnock制度」)についても定めています。
〇消費者法ニュースからの寄稿依頼
この1市3町の共同での取組みが、日本発か否かと西村隆男先生(横浜国立大学名誉教授)をはじめ各方面にお尋ねなどしていたところ、うれしいことに、消費者法ニュースから私に寄稿依頼がありました。私は、多重債務問題の未然防止を目的とした消費者教育NPO法人お金の学校くまもとの活動と同時に、玉名市消費生活センターで消費生活相談員として従事しています。そこで、このふたつの視点から、今回、自治体が連携して条例を制定するという先進的な取り組みが短期間に実行できた背景や経過を紹介することにしました。
中でも大きなポイントは、この取り組みのきっかけが、当NPOが昨年度実施した文部科学省の研究事業「子どもへの消費者教育プログラムを通じた地域との連携・協働モデルの構築」だったことです。この事業で、消費者教育プログラムの改善を図るにあたり、複数の自治体や関係機関などが連携・協働できる体制「くまもと消費者教育研究会」(以下、研究会)を構築し、1市3町の担当職員と相談員も構成メンバーになっていました。
この事業の中で、「子どもの頃からの消費者教育には、だれがどのような教育を行えばよいか」をテーマに、10月11月と2回の意見交換会を実施したのですが、その際、南関町と和水町の担当職員から、高齢者の訪問販売被害の状況と被害回復の困難さについて意見が出され、それぞれの自治体で条例の制定を具体的に検討しているという情報提供がありました。同時に、人口1万人にも満たない自治体が単体で取り組むのでは効果が小さいのではという不安の声もありました。
これを機に、研究会を構成する自治体が連携して条例を制定してはどうかという話が進み、条例制定の検討会を実施する運びとなりました。
〇 0(ゼロ)次予防という考え方
特に当NPOが注目してほしい点は、条例の考え方です。この条例の考え方については、児童養護施設シオン園施設長から0次予防ではないかという意見が出されました。0次予防は、予防医学の考え方であり、病気を引き起こす原因やリスクファクターを個々人が自覚して取り除く1次予防と並行して、発症やリスクファクターにつながる社会的、経済的、文化的な環境要因に着目し、それらを改善することで集団における病気の発生自体を大きく減らそうという考え方です。1次予防よりもさらに前段階に当たることから「0(ゼロ)次」と呼ばれています。0次予防においては、地域や社会に暮らす人の意識的な個人の努力を不要にするのがポイントになります。無意識のうちに健康に望ましい行動を取れたり、健康につながる環境に身を置いたりする社会的、経済的、文化的な環境づくりを進めるものです。
消費者トラブルは、住民の財産や健康を脅かす恐れがあり、「予防」という視点で仕組みを捉える方が、合意形成しやすいという面があります。研究会の構成メンバーの自治体がすでに実施している取組みを、1次、2次、3次予防という視点で整理し、条例制定を0次予防と捉えてみました。消費者トラブルの予防には、「トラブルに遭った時にSOSを出せる住民・地域」、「トラブルで困っている人のSOSをキャッチできるような住民・地域をどう作るか」など環境づくりが重要です。そのためには条例などの整備構築が必要だとし、条例を「地域へ働きかけるしくみづくり」として考えたのです。
〇 「3現主義」という考え方
この寄稿にあたっては、熊本県消費生活審議会会長・尚絅大学短期大学部名誉教授川口惠子先生に貴重なご教示を頂きました。それは、「3現主義」という考え方です。
良く考えてから取組むという考え方があります。これは、一見、理に適っているように思えます。しかし、このやり方の場合、できない理由ばかりが集まりやすく未知のことに取り組むには不向きだとも言えます。「現場」に出向いて「現物」に直接触れ、「現実」をとらえることを重視する。これを問題解決するときの1つの姿勢として「3現主義」と言うのだそうです。1市3町の職員たちは、相談現場に出向いて相談員と一緒に相談者の声を聴き、対応や事業者との交渉の困難さを実感している、いわゆる現場をよく知っている「3現主義」の消費者行政担当職員たちだったからこそ、すぐに動き、条例制定の発案から一年も経たないうちに共同で制定できたのです。もうひとつ、1市3町はれぞれに役割を分担しました。玉名市は、検討会の事務局を担当し日程調整やステッカーに記載する関係機関(熊本県弁護士会・熊本県司法書士会・玉名警察署)への要請などを行いました。南関町は条文案を作成、和水町は条文案のチェックを行い、玉東町はステッカーのデザインを町づくり事業のひとつとして取組みデザイナーに依頼をしました。
自分たちが「今できることを精一杯取り組み、できるだけやったらそれでよい」ということを熊本弁で「でけたしこ」といいますが、今回の条例への取組みは、まさに「でけたしこ」です。当NPOのモットーも、まさに、「でけたしこ」。設立当初(2004年当時)は理念でしたが、いまや確信に変わっています。私たち一人ひとりは小さな「でけたしこ」でも、それがたくさん集まれば、大きな力になること。それを今、実感しています。